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【ぼくの県展回顧録】 第30回 昭和51年(1976)高知県展              NO.6

再び林忠彦審査員 『富と貧と』など褒状5点が輝く

 この年のぼくのスタートは、高新の「読者の写真コンクール」の特選『相』からだった。予岳寺にある20センチほどの木彫りの仏像の顔の部分をマクロレンズでクローズアップしたものだ。砂のネガとの合成プリントで石像のように仕上がって見える、我ながら自慢したくなる出来栄えだった。弾みのつく、年の初めであった。
 そして、県展の審査結果が発表される1週間前、又も「写コン」に特選作品が大きく載った。キタムラカメラのお買い上げ金額による香港招待旅行で撮ってきた写真『難民荘の夏』である。当時から出すのが惜しいから蓄えとくとか、別のところを狙うだとか考えず、ストレートに勝負に挑んでいた。とにかく、良いかよくないかのどちらかだ。答えがほしい挑戦者だ。おさまっていたのでは前進がない、みんなで積極的に出そう、そんな考えの一致していた年であった。
 「高新の写コン」に「日報連の月例」、さらに高知県写真家協会の「土佐展」や「光画展」にと出しも出したりで、真部和夫、明石正、吉田公一、前田秀一など皆んなが目を見張る活躍をした。今もその痕跡がスクラップブックに綴じられている。その結果が県展の成績にも表れた。
褒状入賞5点は
 明石正の『信者』。お遍路の笠と背中の文字を印象的に焼き込んだものだ。前年度には落選していたものが今回返り咲き受賞。さらに外国人が会場で気に入り、買い上げて行くというありがたいハプニング付きだった。
 吉田公一の『旅愁』。前回に続いての受賞だが、この作品前回にも搬入していたもの。29回展では受賞する作品を2点も出していたということになる。息子の大学受験にともない津山へ荷物を運ぶ道中で生まれた3枚の組写真だ。だんだんと遠くなっていく寂しさを、全倍の印画紙に3種類の大きさで盛り込んだ一種の心象的表現を試みた写真だった。
 故田原武男の『五月の風』。車の中に置き去りにされ、寝ついてしまった幼児。その車にはウサギのゴム風船が親心の温かさとでも言おうか、ひとつ残されている。遠くにこいのぼりが踊っている。
 真部和夫は『父の面影』。肖像写真と何枚かの組写真だった。よくは覚えていないが。

ーーー第30回 褒状「富と貧と(香港)2枚組 1976年

 ぼくの『富と貧と』は『難民荘の夏』同様香港で得た産物であった。富は宿泊のホテル、貧は九龍の難民荘、いずれも魚眼レンズ使用で自分らしい仕上がりの作品だった。運よく前年に続いて連続入賞、相性が良いのか、林忠彦審査で褒状2回目だ。仲間たちの好成績も重なって喜びはさらに倍増。まだ、商売がうまくいっているというわけではなく、生活の安定も保障もなかったが、この時、自分の生き方が見え、指針がはっきり示されたような気がする。たかが写真屋でありながら、こんなに生き甲斐が感じられる、喜びを分かち合える仲間を多数得ることができる、このまま写真屋でやっていけるかもしれない、の自信に繋がった。

ーーー
第30回 入選「枯れ草の譜」2枚組 高知市 種崎 1976年



入選13点は
上森『午前零時』。新田『老夫婦』。猪野『文楽』。三木『傘』。尾田『少年剣士』。高橋『蜥蜴』。今久保『港の子守唄』。真部『ある青春』。岩崎『枯れ草の譜』『夫婦』。前田『暮色』『マンボNO3』『北の港』。搬入者数は357人。
出品点数1573点(カラー228点、モノクロ全倍771点もあり)。

「難民荘の夏」高新写真コンクール特選

タイトルは最後の表現だから

 題名はいつも個性的でありたいと思考し、使い古しでないものをと努力した。『枯れ草の譜』も『富と貧と』も『難民荘の夏』もそんな中から生まれたオリジナルタイトルだ。写真のタイトルとしては、初お目見得のはずだ。今も変わりなく作品の内容を伝えるタイトルとして、作者の最後の表現手段として、仲間にも心掛けてもらうことにしている。
 この年は郷文の北側にあった高知県教育会館(現高知城ホール)が写真の会場になった。搬入の日は屋外の階段で一汗かいた。だが、運び上げる全倍のパネルの重さをものともしない若さがあった。 香南写真クラブを時々見学させてもらって、親しくしていただいていた故西内久明氏が『雪渓』で特選になった。魚眼レンズの特性を生かしたスケールの大きな作品だった。魚眼党として常備使用する者には、「敬服に値する作品を見せつけられたなア」の感を強くした。
 樫谷雅道氏の『道』。たて位置の作品、暗い山懐、下部には白いカーブの道が見え、影をひいて通るお遍路さんの姿、上部にかかった靄に光芒が差し込んでいる。「この感性、このうまさにはかなわんわい」と舌を巻いた。

 この年、最も印象に残った作品が白川喜一氏の『氾濫』(県展大賞)だった。鏡川の河川敷にある遊具、木馬の首が濁流の中から突き出している。大きな板切れがそのそばを一枚流れている。激しく水面を打ちつける雨脚は、まだ止む気配がない。一点だけを見つめて水による災害の凄さを語っている。無鑑査になる人の作品は流石だと感心もし、県展の傑作中の傑作だと心に焼き付けたものだ。次代を背負い手本を示してくれる筈だったが、ぼくはこの人と言葉を交わす機会もなく、その後でガンで亡くなられたと聞いた。
 林審査員の言葉「・・・プロのカメラマンはそれぞれみな、自分のモチーフを持っていなければならない。アマチュアも個々人で自己のモチーフ・テーマを持つべきだと思う。自分が一貫して追求しているテーマに打ち込めば、人より立派な作品が生まれるはずだ。・・・入選、落選の選別は、対象を見る目のフレッシュさ、構成力、それに調子を重点に行った。」そしてこの時「写真は引き算、カメラは足し算」を強調していかれた。