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【ぼくの県展回顧録】 第41回 昭和62年(1987)高知県展              NO.17

新たな目標 思いは全国制覇へ!
よみうり写真大賞グランプリ

時おり夢に描いた「無鑑査になったら」が現実のものとしてこれから先はぼくに難題をもたらすだろう。それを望んできたのだ。ぼくの無鑑査像をこれからは描いていける。ぼくが見てきた先輩たちとは違った生き方をしてもいいのだ。何か全国規模のコンテストでトップを狙ってみたい。思い込みは強く目標は大きいほどいい、神様はチャンスを呼び込んでくれるものだ。望むところにこそ与えられたような昨年の連続特選、「相手投手の球筋が見えるから、バットを出しても思い切り振れば、ホームランだった」のような3連続ホームランもあったではないか。今、信じられる自分がいる。
 「人の心を写真にする、人の生きる姿を暖かく見つめよう、人との出会いうぃ大切にしたい。ヒューマンな内容のものであればいい、心を打つものを撮りたいものだ」などと念じた新しい年の幕開けだった。
 よみうり大賞がターゲットになったのは、昨年の泥んこモトクロスの入選、さかのぼっては、1982年の『中国の笑顔』2席が相性の良さとしてあった。表彰式に出席して、「次はここで華になりたい」と夢を描いていたのを思い出す。
昭和62年1月5日4月、下半身に障害を持った男女の結婚式の前撮りをした。本番5月、スナップアルバム用を式場から披露宴の果てるまで10数本に収めた。アルバム用とは別に、早速ワイド四ツサイズで40数枚プリントした。ハラは決まっていた。承諾がいただければよみうり写真大賞に出そう。
 快いご了承とぼくに期待を込めた答えをいただいた。5枚組の作品に仕上げ、報道写真部門行きは締め切りの31日にどうにか間に合った。
 入賞候補の通知、グランプリ決定の通知、新聞社の取材、表彰式へ二人を伴っての出席手続き、身辺が俄に慌ただしく現実味を帯びてきた。とっておきのタイトル『この喜び 夢の花嫁姿』はぼくの知らないところで独り歩きするように、報道機関やビジュアル誌を駆け巡った。
 晴れ舞台に立ち、グランプリの賞状や賞金、副賞にカメラに商品を手にし、カメラマンとして頂点の華となる謝辞を述べさせていただいた。それより何より、車イスの二人がぼくよりスター扱いで、列席者の皆さんから祝福を浴びる姿を目にした時、この喜びはカメラマン冥利だと名状しがたい感動を味わっていた。奇しくもこの作品は花嫁の出身地、川崎市の市民ミュージアムにこの回から収蔵されることになった。

 そして初めての無鑑査出品の秋がくる。今年も一番乗りで意欲ある表現を見てもらおう。我がクラブ関係で28名158点の搬入をしていた、審査員は昨年同様稲村隆正氏。
搬入者総数525人(30代40代50代ともに110に前後)作品総数1864点(カラー1286点)

クラブ関係の入賞入選者は次の通り。
褒状入賞、『遭遇』門脇悟。『宙返り』西内則明。『かおり二十才』吉田満。
入選作品は次の通り。
『ほほえみ』服部徳子。『待ちくたびれて』野村節子。『山里の春』尾立和之。『冬の日』佐竹けい子。『ジャンプ』宮本博文。『庸作爺さんの海』岡本守正。『春』嶋内将豊。『並木道』野村高志。『おんな』佐竹博。『HOLIDAY』門脇寿美。『豆パンチ』岡村政則。『僕はスイカ』森本健児。『あゆことえり』宮地幸。『幕あい』岩崎定子。『仲間』故公文幸廣。『帰り道』吉永元。『佳日』門田博通。


 特選で最も印象に残っているのは、いつも海をテーマに素晴らしい作品を発表する池昌晃氏の『海景』。海の中に足を踏み入れ、そこで目の当たりにした海と稲光の空を合成焼きしたもの。「同じ頃写真を始めた岩崎さんが昨年無鑑査になったので、のんびりやりよっちゃいかんと思うている」と取材に答えているのが実に彼らしく正直で心に残った。やはり『写真する我が同志なり』だ。
野村泰弘氏『沿線』。雑草の繁る小道を来る自転車の女学生が爽やかだった。

『第一びわこ学園』の撮影に入る

 よみうり写真大賞に応募して間もなく、重傷心身障害者施設『第一びわこ学園』の撮影に入っていた。無鑑査として注目される第1作は『「兄貴」―びわこ学園記録より―』とした。アニキと呼ばれている藤本義明さんが渾身の力を振り絞って絵を描く姿だ。萎えた手は使えない、足でしか作業ができないアニキだった。風呂でころがって、足で洗濯している姿も目にした。個展『生命の輝き』は、これからも撮り続け2年後開催されることになるが。
宿毛市と中村市から審査の依頼があり、宿毛市展をまず初体験した。批評を書くだけでなく、宿毛はあけみさんの地元、彼女経営の旅館に宿泊をし、写真仲間と写真談義で夜半まで楽しんだ。 香北教育委員会勤務の明石正氏発案で、9月、基幹集落センターでカルチャー教室『写真を楽しもう』が始まった。『写団』あじさいの母体となる。

第41回『「兄貴」ーびわこ学園の記録よりー』大津市 1987年