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【ぼくの県展回顧録】 第40回 昭和61年(1986)高知県展              NO.16

夢は持つもの 掴み取るもの とれるもの
連続特選で無鑑査になる

「搬入へ徹夜の熱意、燃える郷土カメラマン」との身に余る見出しをいただいて、我がグループの代表たちは取材に応え、10月4日の夕刊に写真入りで載った。山崎氏、小松っチャン、満っチャン、定子4人が、一番乗りの搬入とばかり、パネル入りの箱を郷土文化会館のシャッター前にデンと置いて、ビールとつまみを中に車座で飲んでいる。花見か遊山さながらに見てとれる図だ。厳しい警備員もいないゲニよき時代ではあった。ぼくの仲間たちは「思いかなった瞬間」へのお膳立てをしてくれたのだった。
頂点に押し上げる強力な擁護射撃のように一丸になってくれた証しだった。ぼくは取材に「みんなの応援があったからこそ、〈連続特選で無鑑査に〉なれるんじゃないかの気持ちで居続けられたのだと思います」と取材に答えた。その時46才、予定した50才より順調でハイスピードの目標到達だった。 よく喫茶で話し込むことのあった高校時代の恩師村山先生から「人間志すものあらば、50才までにその頂点を極めよ。しからば、50代は自ら思うところを存分に成し遂げられよう。夢は高みに持て」とぼくの心を読んで、激励してくれることがよくあった。しかしこの日の来るのを心待ちにしてくれていた恩師は、この時すでに居なかった。期待をかけて何かと援護してくれた先輩たち幾人かがもはや還らぬ人となっていた。

搬入日早朝、郷文で待機する人と作品タイトルは『ヤッター!』。片地小学校の卒業式、集合写真を営業で撮影に出かけた際、子どもたちの表情狙いで式場を一歩踏み出す瞬間に的を絞って撮影していた。幾コマかの中にその瞬間が写し撮られていた。三木淳先生の最後の言葉「いい瞬間は、優れたテクニックの手中に」が生かされた思いがした。


 搬入者総数528人(30代137人、40代107人)。作品総数1889点(カラー1219点、モノクロ670点)カラー作品が優位に立っていた。審査員は稲村隆正氏。『自分の感性を磨け』とのもっともな見出し、昨年の三木先生と応募作品に対する受け止め方が違っていた。我がクラブのような平均7点を上まわる搬入に対する警鐘のような一文もあった。その結果というか、昨年のような好成績は望めなかった。

第40回 特選「ヤッター!」土佐山田町 片地小学校 1986年

我が晴れ舞台 がグループ関係者は30名224点を搬入したが、その結果は以下の通り。
褒状入賞
『はだかっ子』宮地幸。保育園内一番身近な仕事場で。
『雨の古城』門田博道。濡れた車体の上の生首のような男の顔、そして古城。
『土用波』山崎義章。『アフタヌーン』佐竹博。『雨の情景』小松裕。
入選作品
『あの頃も冬』佐竹けい子。『二子誕生』門脇悟。『通り過ぎた季節』野村節子。『草野球』西内則明。『レンゲ草』尾立清子。『アフタヌーン』野村高志。『夜祭り』野中要佐。『変貌・瀬戸内』宮本博文。『りさの夏』嶋内将豊。『顔』明石正。『上昇』吉永元。『ボール投げ』服部徳子。『妻』森本健児。『虹』吉田満。『夏の宵』岡本守正。


 40回目の節目ということで、各部門に大賞が設けられていた。が残念ながら、室戸岬に逢った雪景色の『雪の花』(カラー)三宮信好氏には敵わなかった。室戸の雪だけに報道的な意味あいもあり、なにしろ「しっかりした風格のある風景写真だ」とくれば脱帽だ。後一点の特選は『旅』溝渕博彦氏。股旅扮装のチンドン屋さんが電停に降り立った瞬間を捉えて出会いのスナップショット。土佐山田中央公民館で
 例年ならば無鑑査になった者が見出しにくるが、今回は大賞ばかりが太字で、3回連続特選で掴み取った無鑑査の価値はさしたることもなく、記事の末端に追いやられていた。
 県展会期中10月25日に〈『ヤッター!』で無鑑査を祝う会〉をしていただいたのは大きな喜びだった。その時展示した過去の作品群を『県展16年の軌跡』と題し、真部和夫の『村の道』20点余と合わせて町内の公民館で二人展を催した。
 県内のアマチュア写真愛好家たちの動向がよく分かった高新の写コンが今年から年間4回となって、紙上での楽しみが急降下してしまった。月例の写コンでは、県下の写真仲間が、どんなテーマやモチーフを持って作品作りしているかばかりでなく、使用カメラやレンズのことなど、そして技術的な癖や個性など手のうちなど読めたし、何より岡崎達彦写真部長の細やかな毎月の批評に魅了されていた。県展に臨む稽古道場としても最高のものであったが。